『パンズ・ラビリンス』本来童話とは現実の残酷さを教えるもの

ひさびさにファンタジックなお話を観させてもらいましたが、こんなに哀しく、いろいろと考えさせられるお話も久しぶりです。
『パンズ・ラビリンス』。パンズ、なんでしょうね。パンの複数形?まさかね。
これね、パンっていうからいけないんです。パーン。またはパアン。そう書くと神話ファンならああ、牧神パーンのことか、ってパンと…いえ、ピンと来られるはず。
ラビリンスは迷路とか迷宮という意味というのはご存じですよね。デビッド・ボウイ主演の映画もありましたね。
それにしても配給会社、あいかわらず邦題の付け方がまずいですね。直訳して『牧神の迷宮』のほうがなんかカッコ良くないですか?ヘンな邦題はつけるくせに、なんで解りにくい原題ほど換えてくれないんでしょうね。せっかくいいお話なのに。
さて、愚痴っていてもこのお話の良いところは伝わりませんので、さっそくネタバレなしでご紹介してゆきましょうね。
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この映画、スペイン・メキシコ・アメリカの合作映画で、言語はスペイン語です。
アメリカ以外の映画では毎回独特の緊張感を覚えます。というのも、ハリウッド映画でのスリルなシーンはたしかにハラハラしますが、エンターテイメントの要素が高い上に、端役でさえある程度出演する俳優のネームバリューを知っていますので、心のどこかでは「この人はあっけなく死ぬなあ、けどこの人は絶対助かるやろ」というのが判ってしまうことがありませんか。
でも見知らぬ国の俳優さんではそうした予備知識がないので、危険なシーンは最後の最後まで「助かるんだろうか、死ぬんだろうか」という緊張感があるんですね。
さらに主演のオフェリアを演じているイバナ・バクエロがとんでもなく巧い。子供ならではの、いろんな不安や恐怖で今にも折れてしまいそうな儚さは世間ずれした昨今の子役には見られないものですし、彼女の持っている上品さがそれをいやが上にも増幅しています。

お話はとんでもないところから始まります。
哀しげな女性のハミング、薄闇の中で鼻孔から血を流して倒れ、苦しげな最期の息の下から何かを見つめている少女の視線。
もう、この時点でこの作品がファンタジーなどではなく、たとえそうだとしても『はりぽた』や『指輪物語』などとは一線を画したものだということが判ります。
少女の名はオフェリア。やがて時間が逆に流れ始め、「むかし、むかし…」と童話を読み上げるナレーションが入る───
場面は変わり、軍人たちに伴われながら身重の母親と共に自動車でどこかへと向かうオフェリア。
行き着く先は母親の再婚相手である軍人が治める軍事拠点なのですが、どうやら体調がおもわしくない母親は森の一本道で車を止めさせます。オフェリアは車を離れ、ひとりであたりを散策するうちに奇妙な石とそれが欠け落ちたらしきもとの石像を見つけ、はめ込んでみると、像から妖精が現れ、いざなわれた迷宮で出逢った牧神はオフェリアが地の底の国の王女の生まれ変わりだと告げる───
こうしてお話は進んでゆきます…。
『ナルニア国物語』も時代背景としては第二次大戦中という設定で、戦時下という“超現実”に対して物語の中核は間逆な“非現実的世界”という事にしたかったのかもしれませんが、現実として起きている戦争の表現はかなりお座なりで対岸の火事的な扱いでした。
いや、むしろ『ナルニア国物語』ではおとぎ話の世界の中の方でこそ血なまぐさい戦いが延々と繰り広げられ、主人公たちも魔物を殺す殺す…生命の扱いのなんと軽かったことか。あれには呆れましたねえ。
反対に『パンズ・ラビリンス』では、背景となるスペイン内戦後の社会事情こそが物語の中核をなしていて、これにかなりリアルで悲惨な戦闘シーンと、人々のあっけない死に様を濃く深くキチンと描くことで、逆にくっきりと浮き彫りになった生命の意味を問うてくるのです。
いや、むしろ童話というものは本来がそうしたものなのかもしれません。
この映画の最初に語られる『地上世界を夢見たけど、お日様の光を浴びて死んでしまう地底の王女様』の話もむごい。しかし『赤ずきん』『マッチ売りの少女』『人魚姫』『王子とつばめ』『白雪姫』などなど、どれも必ず誰か死ぬんですね。しかもほんとうに簡単に「誰それは、しんでしまいました」で片付けている。
だけど、これもよくよく考えると、西洋のおとぎ話の多くは生命の尊さよりも、生命の儚さを語ったものなのでしょうね。
そういう意味でこの『パンズ・ラビリンス』も同じスタンスではないかと思うのです。
あいにく私は童話をほとんど読んだことのないヒネたガキでしたので、長じてから初めてイソップやグリムを知ったときには「まあ、なんてムゴたらしい話なんやろか」としか思わなかったんですね。おまけに外国製の絵本を見ると、ほとんどが色合いもタッチもおどろおどろしい。そういう意味ではこの作品はいかにも西洋おとぎ話らしい雰囲気を漂わせています。
しかし最初に申し上げたように、この作品は太陽の国、スペインとメキシコの合作映画なんですね。まあアメリカは単に特撮部門だけの参加だと思うのですが。
さて童話を知らない私なんかの童話論は置いといて、徹底したリアルさを追求してそこまで背景となる時代をキチンと描こうとしているこの『パンズ・ラビリンス』という作品、背景であり根底でもあるスペイン内戦のことを知ってから観ると、ずいぶん見え方・感じ方が変わってきます。
私も無知だったので、見終わったあとに時代背景を少し調べてみました。というのも、冒頭に字幕で出る「1944年のスペイン」。これ、日本で言えば太平洋戦争末期の昭和19年。B29の絨毯爆撃が繰り返され、軍部は隠していたけど実はあちこちで日本軍が負けまくっていた頃です。
今もスペインではバスク・カタルーニャ地方の独立運動に関係する哀しいニュースが流れたりしますが、実はこの問題、1914年~18年の第一次世界大戦の頃からずっと続いていることだったんですね。
これにスペイン革命が絡んで1936年から内戦となり、歴史の必然ともいえる“内乱が起こると漁夫の利を求めて他国が政治介入”が起こって内戦は泥沼化しながら三年も続くことになるんですね。
しかも、やっとこの戦いが反乱側の勝利で収まりかけた頃、こんどはヨーロッパがまるごと第二次世界大戦に突入。戦争は終わったものの、この映画の舞台となる1944年のスペインはもう、今のイラクみたいに無茶苦茶だったんでしょうね。
我が国の“勝てば官軍”のことわざ通り、負けた元の政府軍(人民戦線)はもちろん、支持した人々や地方はそのまま弾圧される側になっていったわけで、その時多くの知識人などは人民戦線側を応援していたメキシコへ逃れたのだとか。
つまり今もメキシコにはスペイン内戦の記録や当時を知る人もまだおられる可能性も高いわけです。もしかしたら今回の合作の理由のひとつになっているのかも知れません。

主人公オフェリアの義理の父となるビダル大尉はもと反乱軍、つまりこの物語の時点での政府軍の職業軍人。
頭脳明晰だけれど残忍な性格で、敵である人民戦線の生き残りゲリラに対しての仕打ちや拷問では目を覆いたくなる行為の数々を披露します。それこそあまりに生々しいので18禁クラスの映像ですが、いわばこれこそが本当の戦争の現場、これが殺人の実際なんですね。
日本はすぐに「子供には見せられない」等々の理由でそうした映像や画像にフタをして見せないようにし向けますが、見たことがない子供だからこそロクに考えもせずに残虐な手段で人を殺し、さらには親を殺す武器をショップで買うような神経になるのではないでしょうかねえ。
そもそも自衛隊がアメリカから買っている戦闘機も武器も、人を殺すためだけに作られ、使われるものです。これが現実です。ナイフは他に使いようがあるけれど、銃は殺傷目的以外には使えない。どんなに綺麗事な映像に仕立てても、人が死ぬということ、殺し殺されるということがどんな意味を持つのかは昨今の従軍記者殺害事件でもご覧の通りです。
余談ついでに、今も昔も「俗悪なマンガなんか読むな、新聞を読め読め」と文◯省や教師たちから言われ続け、最近の少年犯罪の手本はマンガだみたいないわれ方さえされてますが、私は新聞やニュースの方が余程残虐で非道なネタの宝庫だと思いますがどうですか。…というか、新聞って他人の不幸のカタログでしょう。読むと気が滅入りませんか。
そもそもマンガはいくら残酷でも所詮フィクションですからねえ。本物にはかないません。
閑話休題。
そういう意味でも、西洋のおとぎ話が残酷なのは、現実の人間が持つむごさ・醜さを幼いうちから自然に学ばせるための生活の知恵だったのかも知れませんね。美味しいフライドチキンはまず鶏の首を切り落として血を絞るところから始めるのだぞ、ということをちゃんと知っておけ、ということですね。
ですからこの作品、安物の教育評論家が言いそうな、大人向けとか子供向けとかで分けられるような薄っぺらいものではないんですね。もちろん、面白いとかつまらないとか、昨今のステレオタイプな映画評では片付けてはいけません。
これはいろんな世代、いろんな体験をしてきた人ごとに見方が変わるはずの傑作です。だから誰かにとっては一生を左右する作品であり、誰かにとってはまったくのお金のムダになる、そんなタイプのすごい作品。
酷たらしい死のシーンの数々は、主人公の運命である“死と再生、再生のための死”ともダブります。そう考えると、哀れな死に方をしてこの世を去ったものも、また新たな希望を持って生まれ変われるのだとも受け取れます。
同時に、オトナの事情の極みである戦争のために今も世界中であっさりと失われてゆく様々な命の儚さに対する怒りであり、レクイエムとも受け取れて。
ほんとうに色々なことを考えさせてくれますが、こんな風にうがった見方もできれば、単純な“可哀そうなお話”とも受け取れる、まさに童話らしい作りだとも言えます。

最後に、毎度のことですが日本版ポスターに選んだ画像と、添えられた短絡的な宣伝コピーには異議を唱えたい。
どうやら配給会社は一種の夢オチだと思っているようですが、そんな安っぽい解釈はあまりにも想像力が乏しい。だったらチョークでやった瞬間移動は説明できないし、マンドラゴラも存在しなかったことになる…なんて書いても、ご覧になってなければワケわからんからネタバレにはならないし、むしろ気になるでしょう?
いずれにせよ、ぜひご自身の目で確かめていただきたい作品です。
では、また、お逢いしましょうね。
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最後まで読んでくださってありがとうございます。ちなみに私───
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*以下は旧『よろ川長TOMのオススメ座CINEMA』時代に戴いたコメントの再録です。
こんばんは☆
とってもわかりやすくためになるレビューでした☆
どっちも現実という考え方も。。。ありですねー。そう考えるとラストはハッピーエンドですかね。私は悲しくてあのラストがなかなか受け入れられなかったのだけど。。。
タイトル、、、映画をみるまで「パンズ」ってどんな意味なんだろう?ってずっと不思議でした☆
Posted by:きらら at 2007年10月13日(土) 19:30
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きららさん、いらっしゃいませ!コメントありがとうございます。
日本でも室町や戦国時代の庶民みたいに「死んだ方がマシ」と考えたくなるような時代もあるように、『フランダースの犬』や『マッチ売りの少女』などは死ぬことでやっと救われたのだ、というとらえ方もできますから、あのラストが同時に物語の始まりでもある作り方はそういう意味だと思いたいですね。
これからもよろしくお願いします。
Posted by:よろ川長TOM at 2007年10月13日(土) 20:41
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TBありがとう。
重たい公式サイトはうんざりしますね。
配給会社が、なにか勘違いをしているんですね(笑)
Posted by:kimion20002000 at 2007年10月16日(火) 23:08
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kimionさん、いらっしゃいませ!
配給会社がkimionさんほどに深く読み込むほど作品を愛していたら、間違ってもあの宮殿での写真をメインイメージに使うこともなかったでしょうねえ。
意図的にファンタジーっぽく見せたかったにしても、結局観客をだますことに何の意味があるのかなあ…って思うこと毎回です。
これからもよろしくお願いします!
Posted by:よろ川長TOM at 2007年10月16日(火) 23:30
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いやぁ~、残酷な童話の世界を堪能いたしました。悲しみと安息が背中合わせに共存するラストも印象的でしたね。
Posted by:samurai-kyousuke at 2008年05月22日(木) 14:45
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samuraiさん、すみません、コメ返しが遅くなりました。
そうなんですよ、安息を感じますよね。死ぬことで妖精の国へ帰れるんだ、というのはファンタジーではよくあることですが、生きることの方が辛いというのはたしかにある。
死=最悪の結末と考えるのは短絡的なんでしょうね。
Posted by:よろ川長TOM at 2008年05月31日(土) 23:06






あけましておめでとうございます、よろ川長TOMさま♪
どちらにコメントしようかなぁ…と悩みながら、こちらに。
まだ観てないんですけどね、これ(笑)。
今年もムラと偏りのある映画鑑賞になるでしょうけど、気晴らしに遊びに来ていただければ幸いです。
鑑賞したらまた遊びに来ますね。
ぺこり。
投稿: ともや | 2010年1月 4日 12:57
ともやさん、あらためまして、あけましておめでとうございます。
不思議なもんで、DVDとかビデオとか、いつでも見られると思うと放置気味になってしまいますよね。
ご感想、たのしみにしています。
投稿: よろ川長TOM見られると思うと | 2010年1月 5日 14:23